Dear Chameleon #004

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Dear Chameleon,

 

chameleon from K

ハンモックの揺れは収まることなく、大胆に動き続けているようだった。暗闇の中で目には何も見えず、手足は何にも触れなかったが、三半規管が揺れを感知していた。揺れはますます強くなり、そのうちハンモックは左右のみならず、縦横無尽に運動を始めた。下腹部に感じていた重みも、あるのかないのか分からなくなってきた。
「そこにいるの?」
腹に重みがある気がしたときに腹に手をやってみたが、何にも触れなかった。逆に、重みを感じないときに手をやると、何か鱗みたいなものに触れた気もした。
「僕は居ると君が感ずれば君にとって僕は居る」
カメレオンの声は歌うように言った。

 

chameleon from N

公共のハンモックは、あまりに激しく、しかもあまりになめらかに人々に迫ってくるために、なんにしろ内に包まれているものが「形をとる」以前に、表象自体が書きこまれてしまうような出来事の瞬間的な変異である。もし、発生学における組織の陥入や、子どもの手が、靴下の〈中身〉をその羊毛の袋から抜き取った時のように(すると度肝を抜かれることが起こった)、内が外のねじり、固定、折り返しによって成立するとすれば、内のどんな空間も、距離とは無関係に、そして一つの生物の限界上で、位相的に外の空間と接触している。このような構造が、相対的、媒介的な外部性と内部性を導き出す。だから、自己との関係は、外との関係と相同的である。そして二つの関係は相対的に外部的な(それゆえ相対的に内部的)な環境に他ならない様々なコンテクストを触媒にして何層にも拡張していく。内のすべてが、様々な身体の限界で能動的に外に向けて出現するのだ。

 

chameleon from Y

ゆれているロープには何が吊り下がっていますか。ハンモックですか、それとも、天井ですか。わたしがハンモックの網目から世界を覗くとき、あらゆる内と外は高速で反転を繰り返し、範疇も計算も、演繹も記号も、距離も焦点も、すべては空間が演じてみせたポイエーシスとして了解されるという希望が立ち現れます。それは、網目に絡めとられている不自由こそ究極の自由であるという僅かな望みをわたしに思い出させてくれるでしょう。そういう望みが、ロープからぶら下がっているのです。

Sincerely,

KEHAI-YA

 

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