十應篇#008『構造デザイン講義』

投稿日:

20160906 R.Yoshino

内藤廣
『構造デザイン講義』
王国社、2008

内藤廣のことは書籍や建築作品、図面でしか知らないが、僕は勝手に、「理論なき理論」を意識的に実践している建築家なのではないか、と思っている。体系としての建築理論や方法論を持たないということそれ自体が、彼にとっての建築理論であり、さらには、世界を渉猟するための方法論であるような気がするのだ。

もう3か月ほど経つが、GSデザイン会議のイベントを覗いてきた。白洲信哉と吉見俊哉が、内藤廣を相手にしながら3.11後の東北を問い直すというもの。GS(GroundScape)会議は、土木/建築/都市計画/造園/ID/歴史などの隣接分野を横断するような実践を目指して設立されたものであり、このイベントでは、そうした各分野の専門家が東北を視察する様子をドキュメンタリータッチにまとめた映像作品「GROUNDSCAPE」が上映された(こちらの内容についても、いずれレビューしたい)。

そのイベントではじめて内藤廣を間近に見たのだが、映像の内藤廣が発する言葉も、会場の内藤廣が発する応答も、僕にとっては本当に掴みどころの無いものであった。普通、いくらかの発言を聞けば、その人物の主義や主張、あるいは、少なくともその場で紡ごうとしている物語の片鱗くらいは見えてくるものだ。しかし、珍しく、そのような実感がない。ひとつひとつの言葉は呟きのようで、決して大きな流れを作りだそうとしない。

この感覚の正体を確かめるべく改めていろいろと内藤廣の本を眺めていたとき、目にとまったのが本書の一節である。氏にとってデザインとは「翻訳」であるというのだ。そして確かに、本書では、エンジニアリングと他分野を越境するような「翻訳」が次々と披露されている。ゴシック建築とベートーヴェンをアナロジーさせてみたり、コンクリート造を「母性的」と評してみたり、昨今の環境問題をキリスト教的価値観で読み解いたり…。工学的な実証性には程遠いし、文化論としてもごく断片的なものの集合に過ぎないが、それでも、氏が、建築という実践とイメージによる感性的世界との間を意識的に行き来(翻訳)している様は、イベントや映像の中での氏の掴みどころの無さと大いに重なる部分があった。

理論や方法論の体系が無いということは、裏を返せば、そうしたものがいつも相対的に形成されるということになる。外部に向かって開いており、変化に対して柔軟で、様々なレヴェルやスケールを自由に行き来することができる、そういう理論や方法が浮かび上がってくる。そんな「理論なき理論」は、一見すると掴みどころが無いのだけれど、とてもしなやかで、したたかだ。建築作品を取り上げずに建築家を語るとはなんとも邪道であるが、まあそれは別の機会に譲るとして、ひとまず僕が描いている内藤廣のイメージを仮設的に提示するとこんなところになるだろう。

ところで、イベントでの氏の発言はほとんどメモしなかったのだが、最後の一言だけは書き残さずとも覚えている。三陸沿岸に12mもの高さを持つ防潮堤が作られることに対して、イベントでは、近代合理主義や人間中心主義、タテ割り行政といった側面から批判的な評価が下されているにも関わらず、最後の最後で内藤廣が、「現地の人から『お国がやるならどうぞやってください、私たちは気にせず自分の生活を守ります』といった声も聞きました」(大意要約)と言ったのだ。この言葉が、氏の方法論や価値観を象徴している気がしてならない。

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