#16 橋本さんインタビューVol.2 ―お前ら追い出してやっからな―

投稿日:

20161111 S. Kawano
photo© T. Tanaka

「キッドは明らかにこの4年間で変わっていった。事実、4年前に僕が来たとき、キッドのスケジュールは一切埋まっていませんでした。昔から使っていた人たちの好きなようにできる『都合のいい』場所として『使われている』ような印象。見てろよ、絶対変えて、お前ら追い出してやっからなと思って、俺はここを使い始めました。彼らの表現を実際に色々と見てみましたけど、僕としては、お金をとってやる以上は、人に分かってもらえてなんぼだと思う。自己満足やマスターベーションをお金取って人に見せるってなんぞや、お前ら本当に表現者なのか。誰にも理解してもらわなくていいんだったら、キッドで(人を集めてお金とって)やらなくたっていいじゃないか。かつて若者たちの自己表現が流行った時代に、誰にも必要とされていない表現しかできない『落ちこぼれの受け皿』として、必然的にこの場所が生まれたんでしょう。でも、誰だって努力次第でどこまでも伸びるはずなのに、果たして彼らはそれをやったのか。僕が4年前に行って、まだキッドに閑古鳥が鳴いていたということは、さして努力もせずそのまんま来てしまったんでしょう」

新参者の舌鋒は鋭い。簡明で素朴な”表現”観が、単刀直入にキッドの古参の表現者たちを斬っていく。口調は自信と自恃に満ちて、言葉の選び方に迷いがない。私は、今年の4月に早川さんにインタビューしたときの、「化石のようなキッド」という言葉を思い出していた。「落ちこぼれの受け皿」に比べれば随分と柔らかな物言いだが、早川さんは言いにくそうにその言葉を口にしていた。あの日、照明を落としたキッドの3階のギャラリーで俯いて、 「本当にここからだったんだけどね、間に合わなかったな」と、早川さんは悔しげに言ったのだった。

橋本さんは続ける。「それで、これまでと違う人が使い始めて、違う風がファッと吹いたことで、ファッと景色が変わって、ブワッて動くようになったんじゃないかって」

私は早川さんの悔しげな様子を思い浮かべながら、「じゃあ、変わり始めていたキッドが終わってしまうことについて、どう思われますか」と質問した。

けれど橋本さんの表情は揺らがない。「変な言い方ですけど、僕は、なくなれば?って思うんですよ。なくなりゃいいよ。だって、僕らはここを借りる人間に過ぎないから、口出しする権利もない。持ち主が止めるって言うんなら、しょうがない。ただ、今までのツケを抱えた場所が、劇的に変わってきたところだった。若い、新しい人たちの力によって、キッドは活性化し始めてきたところだった。表現の老舗になるかならないかの分かれ目は、真価はこっからだったんじゃないのと思う。それは残念だね、と」

「ご自身がキッドを変革させてきたのに、悔しいという思いは――?」

「早川さんたちスタッフと僕との関係は完全にフィフティ・フィフティで、互いが互いを背負いこむ覚悟がある。互いに責任をとるくらいの関わり方。この場合、悔しいとは思わないんです。まだ終わってないから分かんないですけど、『してあげたのに』という感覚ではなく、逆に、そこで好きにやらせてもらった結果、分かったことや変わってきたことがあったというだけ。確かに残念ではあるけど、『ああしておけば良かったのに』という悔しさは、一切ない。毎回ただ達成感を持ってやり切って、次にやるべきことが見えてくるというだけ。逆に、この4年間のことは、とても有難かったと思っている。この4年間がなければ、今の僕は無いので」

その明快な哲学に則って、橋本さんは「悔しさは一切ない」と言い切る。思うに、その「場」の住人であるかが客人であるかが、「悔しい」と「残念」のあいだに明瞭な一線を引くのではないか。半世紀前、キッドに住まう窪島さんのうえを、渡部さんを含む数多の客人が通過していった。今は早川さんがキッドに住まい、橋本さんを始めとする数多の客人が、なにかをあれこれと語らいあいながら彼のうえを通過している。

「悔しさ」は、その「場」に住まう者の語りのなかに現れるのではないか。たぶん、あのモノクロのキッド・アイラックの住人であることが、別稿でN. Nishidaの論じた「悔しさ」の主体の条件でもある。ある主体が「事態から逃れることができない」という不可能性は、彼がその場にどうしようもなく住んでいることに由来しているのではないか。なぜなら、もしその場から一礼して立ち去ることができるならば――そのときにチア・ダンスを踊ってエールを送るにせよ、「マスターベーション」を舞うにせよ、はたまた口論の末に「我々の理念は理解されない」と言い捨てるにせよ――その客人たちは、簡単にその何かしらの「事態」から逃れることができるのだから。口を開くときにはもう、彼らはその事態の渦中にはない。数分に一本はやってくる京王線か井の頭線が、彼らを瞬く間に明大前から連れ去ってしまう。

けれども橋本さんは、いかにも客人面をして、行儀よく帽子をとって(なにせ橋本さんはいつも帽子をかぶっているし)、静かに別れを惜しんでキッドから立ち去ろうとしているわけではない。確かに客人であるにしても、少なくとも彼はまだその「場」の只中で、早川さんたちと抜き差しならぬ表現の空間を創造しつづけている。まだキッドでのライブは残っている。まだキッドは終わっていない。過去の時代を懐古するばかりのだれかれとは違う、血の通った身体にみなぎるような言葉を、彼は知っている。

「――ただ、一人の人間としていうと、責任はとれよな」

と橋本さんは語気を強めた。

《橋本さんインタビューVol.3 —ヘレン・ケラーは死んでいない— へ続く》

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presented by 気配屋<終演するモノクロ喜怒哀楽project>チーム

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