#17 橋本さんインタビューVol.3 ―ヘレン・ケラーは死んでいない―

投稿日:

20161118 S. Kawano

語気を強める橋本さんの語り口は、窪島さんや渡部さんのそれとは似ても似つかない。40年代に生まれた彼らがキッドにいたのはもう半世紀も昔のことで、当然のことだけれども、彼らにとってキッドはノスタルジックに色褪せたイメージのなかの場に過ぎない。それは確かに彼らの人格と分かちがたい場ではあるけれども、彼らは決まって目を細めて往時のキッドを知的に述懐する。そうしてキッドの物語は、歴史的な議論へと溶けこんでいく。高度経済成長、東京五輪、戦後文化史、演劇論。それとは対照的に、橋本さんの語りは現在形で進む。

「借りる立場としてではなく、一人の人間として言うなら、責任はちゃんととるべきなんじゃないか。終わり方というのは、初め方よりもすごく重要だと思うんですよ。こんな終わり方でいいのかなと。終わると決まったあとも、12月31日までは、キッドは回っていて、そこには借りている人たちがいる。持ち主(窪島さん)は、何もかも現場に任せすぎなんじゃないか。終わるまでの出し物を全部見にくるくらい、何かの誠意は見せてもいいんじゃないか。難しいことだとは思うが、もし雇っているのであれば、現場の人の目線と同じ高さに降りないとダメだったんじゃないか」

橋本さんの語りは生々しく揺らぐ。語りのなかに彼の所在は流転する。「アトリエ」の住人は、大きな音をたてて疾走する中央線と京王線の急行を乗り継いで、キッド・アイラックを足繫く訪問する。彼は本当に客人に過ぎないのだろうか、と私は首を傾げる。アンビバレント、アンビギュアス、と口のなかでその印象を転がしてみる。彼が気色ばんでキッドを語ると、彼の身体の色彩がその場をあざやかに染め上げる。何しろ彼は、モノクロの空間で今も休みなく踊りつづけている。色とりどりの照明を浴びて活力にあふれた身体は、生き生きとして躍動をやめない。

“1カ月公演”を2017年の夏にやることは、2015年の暮れにはもう決まっていた、とも橋本さんは言った。私もその話は以前から知っていた。50歳を記念して1カ月間踊りつづけるのだと、橋本さんはキッドのカフェで話していた気がする。その記念公演では、1階のホールの道に面した扉を取りはずして踊る。そうすると、明大前通りを往来する人のだれもが毎日それを見ることになる。それを1か月間続けるんですか、と私は目を丸くしたものの、橋本さんならやり遂げるような気がした。けれども、”1か月公演”の実現が4年越しで目前に迫ったところで、すべては一旦白紙に戻ってしまった。

そうはいっても、僕は一人の利用者に過ぎませんからね、と橋本さんは半ば自身に言い聞かせるように繰りかえす。キッドのことを「思想やポリシーのないレンタルスペース」と言ってのけた渡部さんのことを、私は思い出す。今でもキッドは確かにレンタルスペースであり、橋本さんもかつての渡部さんと同じく利用者に過ぎない。翻って橋本さんは、キッドのことを「ヘレン・ケラー」だと言った。ヘレン・ケラーはまだ死んでいない。スタッフの早川さんや工藤さんは、毎日のように客人にスペースを貸し出し、公演の仕込みをし、チケットの予約の電話を取り、照明や音響でホールに精気を吹き込んでいる。

「早川くんも工藤くんも、キッド・アイラックの大部分を任されているけれども、全権は渡されていない。不満がたまるに決まっているけど、その状態で何年もやってきた。努力して人を増やしても、自分たちの手柄にはならない。最近キッドはひっきりなしに人が借りていて、あの2人だけでは回せない状態が続いていて、あいつらはこっから休みなしに12月31日までフル稼働しなきゃいけないんだよね。これじゃ2人はとことん擦り切れていくだけだよ。2人の現実を、持ち主は見ろよと思う」

私がカフェでの仕事を終えてキッドの3階の事務室に戻ると、ダンスレッスンを終えた橋本さんに鉢合わせることがある。橋本さんはひび割れた革の回転椅子に腰かけて、早川さんたちと話している。事務室にはいくつものメモやチラシが貼られ、調子のわるい電話機がしょっちゅう鳴る。「これからどうするの」と橋本さんが早川さんや工藤さんに訊ねると、「まだ決まっていません」とか「日々に追われて」とか答えるのだ、と橋本さんは言う。橋本さんは彼らの行く末を思って気を揉み、たまに疲弊したキッドの住人たちを焼肉屋へと連れ出す。

「人一人が抱えこめるものってたかが知れている。彼らは意地もプライドも自負もあるでしょうから、最後までやりきろうとするけれど、やっぱり人間だから限界もある。そういうときに、弱音を吐ける場所がない。愚痴を聞くのは、元来は利用者の俺であるはずはない。そこは甘んじるな、と思う。僕は、人間として出来る範囲で手助けはするが、本来はそれをやるべきは持ち主たちじゃないんですか」

表現者として、利用者として、人間として、と橋本さんの語りは一点にとどまることを知らない。切れば血の出るような橋本さんの語りのなかには、定点あるいは原点がいくつも共存し、そこからキッドというトポスを多重的に照らし出していく(渡部さん付論)。彼は今も高らかに歌いながら、ヘレン・ケラーと踊りつづけている。覚束ない足取りの彼女の片手を取って、彼はくるくると彼女を旋回させる。正面からステップを促したかと思えば、後ろに回って肩を抱く。彼らが踊れば踊るほど、ヘレン・ケラーの正体は曖昧になっていく。なぜならヘレン・ケラーは誰のものでもないから。いくら踊れど歌えど、ただひとりの彼女がそこに同定されることはない。

とりわけ「人間として」彼が歌うとき、恐らく、ダンスは最も白熱する。「人間として」の橋本さんは、揺動する現場の話、そして早川さんの話をする。橋本さんが「人間として」早川さんと関わるとき、そこには、「フィフティ・フィフティ」以上の関係があるのではないかと、曲がりなりにも現場に出入りする私は思い至る。

それで私は、「早川さんについて、もう少し聞かせてください」と言った。

《橋本さんインタビューVol.4 —明大前チアリーディング部— へ続く》

#16 橋本さんインタビューVol.2< >#18 橋本さんインタビュー Vol.4

presented by 気配屋<終演するモノクロ喜怒哀楽project>チーム

projectトップへ戻るトップへ戻る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です