Who We Are

「気配」をコーディネートするとは、その解体、その転換、その全く新たなものへの組織化へと到るような何かを経験することである。それは、ある教養やある権威への私たちの帰属を問うことではなく、今という時の問題、まさにこの瞬間における「我々」によって描かれている文化的な出来事へと関わっていく「我々」への私たちの帰属を問うことなのだ。我々はそれらとの新たな関係を探求したり発明したりするために自らの「気配」を用いる。「気配屋」であること、それは生成過程にあるということであり、さらに言えば、必死に表現者コーデノロジストになろうとするということなのだ。

So what is 気配 (kehai) after all?
To coordinate “kehai” is to experience the path to its demolition, revolution, or organization towards an entirely new being. It is not to question a certain culture or authority we belong to, but to question our belonging to the “we” that is engaged with one cultural event which the “we” characterize in this very moment. In order to pursue or discover how we are engaged with that event, we make use of our “kehai.” To be a  気配屋 (Kehai-ya, kehai dealer) is to be in the process of generating, and moreover, to be desperately attempting to be a coordinologist.

 

<members>

S.Kawano

ノートパソコンに触れるごとに現れる電気的な滲み。あらゆる透明な幽霊の複合体。あなたが構築した部屋の中に住まうお化け。

N.Nishida

自分自身や自分の振る舞いに関するある種の倫理に私たちは捕らわれていますが、 何かを表現するとき、そのような倫理は私たちを分け隔てないでいてほしいものです。私が考えているのは、分有(participation)の形式としての芸術であり、それは近代において分裂し、分離したさまざまな要素を無理なく再び結び合わせて、それらすべてを共通感覚の広々とした空のもとに運び出す媒体としてのアートのことです。その時、哲学と美と詩にそなわる友好的な性格が真価を発揮するのです。

R.Yoshino

身体は空間である。動き続ける限りにおいて。
都市は芸術である。考え続ける限りにおいて。
建築は音楽である。書き続ける限りにおいて。

<contact>

info(at)kehaiya.jp
(at)を@に変えてください。

 

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