三題噺 #009

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S. Kawano

名前を呼ばれた気がして暖かな布団の中で目を開けると、愛おしい人が私の頸動脈に噛み付こうとしているのだった。心地よい甘噛みを期待して相手の脚に自分の脚をからめたが、そのときにはもう動脈はきれいに嚙み切られていた。もとより眠たかったがますます眠たくなった。

そのまま淡く微睡んで夢を見た。私を嚙み切った愛おしい人との思い出を早回しで見た。ところがその顔がなんだか違うのだった。顔を思い出せないのではなかった。めまぐるしく入れ替わる場面のなかで、その人の顔立ちは明瞭に見てとれたけれども、その顔立ちが一定でなかった。皮膚の色は刻一刻と変化した。彫りは深くなったり浅くなったりを繰り返し、刳り抜かれたような眼窩の奥に青い目が見えたかと思えば、膨れた瞼の糸目のなかから黒光りする瞳が覗いていた。額も顎も鼻も唇もめくるめく速度で収縮した。

その思い出を見終わると父母の顔が現れた。父母の顔が合わさったような顔がそこには七つあり、七つの顔はそれぞれ異なっていて、自分の兄弟を見ているような気がしたけれども私に兄弟はなかった。七つの顔はそれぞれ私を抱き、あやし、叱りつけ、頬ずりし、叩き、舐め、口づけし、最後には旨そうに食べてしまった。食べられた私は七つの胎内に宿って、それでもまだ夢を見ていた。七人がさらにそれぞれの七人の父母に喰らわれるのを見ていた。私はもう四十九等分されて随分と希薄だった。それでも四十九人がまたそれぞれ喰われるので、私はもう自分の数を数えるのをやめた。

布団の中でうっすらと目を開けると、七人の私たちは互いに互いの首を喰らい、互いに脚を絡めあって睦言を交わしていた。私たちはそれぞれの誕生の記憶を共に遡行し同時に流下していた。環流する記憶は首筋から漏れ出して散逸し続けていた。終焉の前夜に私たちは死力を尽くして愛情を注ぎこみ、祈るような声で互いの同じ名前を呼びあっていた。他の名前を持つ者はもうどこにもいなくなってしまったのだった。

走馬灯 – N
マウス – Y
MOTHER – X
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