三題噺 #010

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S. Kawano

日本じゅうの天文台の観測データがまるっきり反転してしまったと、困惑顔のニュースキャスターは言った。TVは引き続いて、白い髭をはやした天文学者を映し出した。いったいどんなバグが起きたのか想像もつかないが、すべての観測機器のデータは、北極星が南に、南極星が北にあることを示している、と天文学者はやつれた顔で述べた。日本の上空には北斗七星もカシオペア座も存在しないことになっているらしい。サイバーセキュリティを担当する国家官僚が、国家機関の情報に対する攻撃を防ぎきれなかったのは大変遺憾だと言って、ハンカチで脂汗を拭った。東京郊外の天体観測クラブの老人は、早く空が晴れればいいのだが、と目を輝かせた。カメレオン座を死ぬ前に見られるなんて思いもしませんで、とその老人は続けた。足腰が立ちませんから、南半球で天体観測というわけにもいかんので、諦めきっておったのですが。

私はTVを切ってベランダに出た。誰の仕業だか大体分かる気がしていた。空を見上げると暗い空には月も星もなく、今晩は全国的にひどく曇るのだという天気予報を思い出した。東京の街明かりばかりが煌々と白い。

「さすがは、いやはや名推理」と聞き慣れた皮肉っぽい声がした。「今回は私の部屋はそのままなの?」と私は念のため訊ねた。「ちょっと大がかりなことをやっている最中だったもので、悪かったね」という返答に安堵したものの、四角四面のベランダにカメレオンがいるのは何だか落ち着かない。

今宵のカメレオンの体表は、ちょっとしたジュエリーのような見た目をしていた。昏い皮膚に色とりどりの小さな星をきらきらと纏って、何だか憎くなるほど綺麗だった。眺めていると、「そう、北の空のカメレオンはもういないというわけだ」とカメレオンは愉しげに言った。夜空から抜け出してきたのだとでも言いたいのか。確認しようにも、空には重い雲が垂れ込めている。

「実際のところ、データを改ざんしただけなの、それとも本当に星空を? それとも地軸を半回転?」と単刀直入に私は問うた。「どれだって同じじゃないか。どうせ君たちには、ここにやっと届いた光しか見ることができない。遠くて古い場所のことを君たちは知らない、近くて新しいものしか君たちには見えない。君たちは光の速さにあまりに依存しすぎている」とカメレオンは歌うように言って、小癪に笑った。

笑うカメレオンの体表で、星が増えたり減ったり、それらの明るさが増したり減じたりする。皮膚に星空が映っているというよりは、宇宙の歴史がカメレオンのなかで巻き戻されているように見える。ビッグバンまで遡って爆発してしまえばいい、とひそかに悪態をつく。

不意にカメレオンの灯りが絶えて、同時に空の雲がいっせいに晴れた。ふたたび空を見上げると、信じられない明るさで星々が夜空にひしめいている。白濁液をこぼしたみたいな満点の星空を生まれて初めて見た。大都会の夜景が霞んでいる。

「ほら見てごらん、カメレオン座はないだろう、ほら見てごらん」

真っ暗のカメレオンは言いつのる。そんなことを言われても、数多の星の中に北極星すら見つけることができない。実際のところ北極星もここからは見えないのかもしれない。いずれにしても、無限個の星々を前にして、どの星も星座も見わけることは不可能だった。

翌朝のニュースによれば、夜明けの頃にはすべての観測データが正常に戻っていたのだという。あらゆる関係者がTV画面で首を傾げた。無謀にも晴れを期待して一晩中夜空を眺めていたという天体観測クラブの老人は、カメレオン座を遂に目撃できなかったと悔しがった。

「これじゃあ死んでも死に切れませんで、足腰鍛えてオセアニアに行く決心を固めました。南半球の星座はね、神話がないからいいんですよ。カメレオン座が『発見』された頃にはもう、神は死んでいましたからね」

星座 – N
構造 – Y
MATERIAL – X
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