三題噺 #011

投稿日:

20161106 S. Kawano

「要塞みたいだねぇ」

壮年のダンサーはそう言って、死にかけた老人のように床に崩れ折れたかと思うと、赤子のゴム毬のように床を跳ね上がり宙返りする。私は何年生きても毎朝毎朝右手と右脚を同時に出さないように確認しているというのに、少年の時から父親になるまでずっと躍動する筋肉を軽快に制御し続けてきたような人もいる。

高い天井から放たれる光の砲火はふわりと拡散して傷だらけの木の床を照らし出す。要塞みたいだ、要塞みたいだと彼はしゃがれ声で言いながらスパスパとラッキーストライクを吸う。禿げ上がった頭にふわふわの砲丸が跳ねて皺のよった精悍な横顔にはポップアートみたいに陰影が刻まれる。 灰皿はみるみるいっぱいになり私の湿った髪の毛は副流煙を吸収して粉っぽくなる。

長い指はギターの指板をぴたりを覆うのでコードをだらりと鳴らすだけで端正な音が広がる。歌詞のないメロディーを腹の底から柔らかく歌うと否応なく音と空間とが幻想を奏でだす。私の身体もぎこちなく音を受容しようとするがリズムを刻むのはいつも右足で、左の軸足がダンスフロアに絶望的な根を生やす。

幾筋もの光がダンサーを撃つが彼はいつまでも肉体の統制を失わない。礼砲がひっきりなしに乱れ飛ぶ。 要塞だなんて空想が過ぎるよと虚しく反駁してはみるもののひ弱な声は歌の轟きに溶け込んでしまう。フック船長のかぎ爪が鼻先を掠って私は思わず後ろへ跳ね飛んだ。ぐちゃり、と嫌な音を立てて左足の関節が抜ける。じたばた左右の腕を振り回すけれども体勢は直らない。

彼はギターネックを私の方に突き出した。私はそれをでたらめに握りしめてその反動で宙を舞う。宙を舞いながら弦を掻き鳴らすとでたらめな音が鳴り、左足を失った私は歓喜のマーチを歌う。紙巻き煙草の炎の方を口に含むとジュッと肉の焼ける音がして煙と時間が逆流を始める。砲丸は下から上へと弧を描き、デュエットはあからさまに音階をさかのぼり、あまりの幸運に首がちぎれ飛んでしまいそうで、危ない危ない、ここは要塞だ、私は守り抜かねばならない、彼には永遠に踊り続けてもらわねばならない。

20160418 originally written

要塞
脱皮
DANCE
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