三題噺 #012

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20170212 S. Kawano

図書館の屋上で午睡をしようとして寝転がった。妙に青々とした人工芝のうえで仰向けになり、日差しをよけるために顔面に本を伏せた。顔の上に本を載せたまま目を開くと、滲んだようなグレーの文字列が明滅した。無理に焦点を合わせようとすると、眼球の奥がじんと痛んだ。諦めて目を閉じると、眼の痺れはゆるやかに拡散して心地よい眠気に変わった。

そのときいきなりビル風が吹いてその本をさらった。まぶた越しに鋭い陽ざしに射られて、私は腕で目元をかばった。風はすぐには収まらなかった。自分の身体までさらわれてしまいそうな強風だった。仰向けだったので地面にしがみつくわけにもいかず、ひたすら身体を平らかにして風が去るのを待った。

遂にわずかな浮遊感を覚えた瞬間、唐突に風が止んだ。なんだか身体の重量が増した気がした。

そのとき、近くからいつかの声がした。
「僕はなんだかどうにも小さくなった気がする」

目をあけると空はうっすらと曇って、そして傍らには、人工芝の色をしたカメレオンが寝そべっていた。
「器が小さいのは前からでしょう」
私は嬉しいのを隠して言った。最後にこの生物が現れたのはいつだったか、ただちには思い出せないくらいだった。
「解釈の過剰は君たちの悪い癖だ」
カメレオンは相変わらずの仏頂面でそう言うのだった。そしてその体表は、空の色を映したようなグレーに変わった。

「――確かに小さくなった気がする」
私は起き上がり、カメレオンをまじまじと眺めた。

「どうしたの? カメレオンに特有の病気なの?」
「健康そのものさ」
「実はカメレオンの時間軸は反転してるとか?」
「いったい何を言っているんだ?」
「つまり、年をとるごとに小さくなるのかしら」
「どうしてそれが反転なんだ」
「普通は年をとるごとに大きくなるものじゃない」
「わけがわからない」
「じゃあどうしてだろう」
「さあね」
「不安にならないの?」

なんだかどうにも小さいカメレオンはにやにや笑っていた。カメレオンはいつしか無限に縮んで消えてしまうのだろうかと私は懸念した。

「やっぱりなんだかどうにも小さくなった気がする」
「いったいどういうことなの?」
「不安になるのかい?」
「そうは言ってないわ」
「さっきは何を読んでいたんだ?」
「さっきから私を見ていたの?」
「いいから何を読んでいたんだ?」
「どうして教えなきゃいけないの」
「君に文字が読めるのか気になってね」
「失礼な」
「じゃあ言ってごらんよ」

挑発されても、何が書いてあったのだかさっぱり思い出せないのだった。辺りを見回してみたが、本は遥か遠くまで飛ばされてしまったようでまるで見あたらなかった。本を読まずに開いていただけなのか、途中まで読んだのだったか、果たしてあれは本だったのか、それともカメレオンだったのか、よく分からなくなってしまった。

カメレオンはぼんやりと濁った灰色をまとったまま笑っている。なんだかどうにも小さい気がするけれどもそうでもないような気もする。じっと見つめようとすると頭の中心がぼうっと火照る。本当に器の小さなカメレオンだと悪態をつく。こんな爬虫類、無限に縮んで消えてしまえばいいのに。雲行きはまたたく間に悪くなる。空の色はどんどん明度を下げて、作りものめいた人工芝までもが精彩を欠いていく。

そのとき頬に雨粒が落ちて、カメレオン以外のあらゆる景色がひとまわり縮み、身体がすっと軽くなった。

人工芝
重さ
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