sens unique(s)

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ヴァルター・ベンヤミンに「一方通行路」というエッセイがある。ベンヤミンはこのエッセイのなかで、〈近代〉という時間性の否応ない力が時代に与える変化の激しさを、都市空間 を自在に遊歩しながら思考した。街区を形作る様々な没価値的なオブジェの断片へと視線を沈潜し、その類稀な感官の鋭さによって、ベンヤミンはその暴力的とまで言える速度で移ろう時代の〈意味〉を読み取ろうとした。
一方通行とはよく考えてみればずいぶんと傲慢な話だ。道とはつねにふたつの地点を結ぶ関係そのものであり、どちらともなく人や物が行き交うのが自然の理だろう。それを片側からしか通ってはいけないというのは、どこか人工的なうさん臭さ、もっといえば権力の匂いがする。
けれども、歴史というものもまた一方通行路なのではないか。その一方通行路は一本とは限らない。様々な場所、様々なきっかけに歴史への入口はいくつも開いている。けれどもそれらの入り口はすべてこちら側からしか入ることができない。私たちは、歴史を前にして現在という時間性の権力に抗うことはできない。
この書評空間では、21世紀の日本を生きる私たちの生の地平を構成する諸要素・諸系譜を、歴史という領野に分け入って探索することを目的とする。否、歴史とは私たちの生きる地平の堆積そのもののことであろう。だからこの探索作業は、私たちが生きる時代の〈意味〉を探ることにほかならない。
フランス語で「一方通行」は”sens unique”と綴るが、”sens”には「方向」のほかに「感官」、そして「意味」という意味がある。歴史という広大な領野へは、一方通行路を通っていくしかない。けれどもどの一方通行路を選ぶかは私たちの自由だ。そしてその抗いがたい「一方通行(sens unique)」という権力の拘束に抗って、「固有の感官(sens unique)」を研ぎ澄ませるとき、私たちは「固有の意味sens unique」に出会うだろう。そのサンス・ユニックは、歴史であり、そしてまた現在そのものでもあるような何ものかであるはずだ。

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