On Ubiquitous Site #1

投稿日:
20170907 S. Kawano

 

 わたしたちは――というのは、わたしであるほうのわたしたちと、わたしでないほうのわたしたちは――もう何年も弁当屋を営んでいる。
 三月。わたしたちは軽自動車を走らせて店に向かう。早朝の県道に、往来は無い。早起きの老人ですら、やっと布団の中で寝返りを打ち始める時刻である。わたしたちは毎朝、運転席と助手席で息をひそめて、この町を駆ける。軽自動車はひえびえと張りつめた静寂の空気を切り裂き、車と大地がひびきあって振動するのを一心に感じる。できるかぎり目をみはり、うすむらさきの空に、まばゆい曙光が真っ赤に切れ込んでゆくのを、見守る。照らし出された古い町並みは、まるで血をにじませているかのように鮮烈な光を乱反射させ、そのあまりに寂寥とした光景に、わたしたちは言葉を失う。助手席側の窓からは、淡く光を帯びた那岐の山が、うっすらと見える。色味をおびた靄のヴェールの奥に、巨きく頑健な山の稜線が、誘いかけるように透けている。
 その痛々しいほどにあざやかなひとときは、数分間もつづかない。まもなくわたしたちは、ちいさな弁当屋に到着する。この町に弁当屋はひとつしかないので、この弁当屋の固有の名前も弁当屋である。わたしたちはうすぐらいキッチンの蛍光灯をつけて、丁寧に手を洗う。前の晩にしかけておいた飯が炊けているのを確認し、だし巻をつくり、鮭を焼く。鶏を揚げ、野菜をあらい、煮物の味を見る。物心ついたときからこういった仕事をずっと目にしてきたので、わたしたちの四本の腕は、なにを言いあわなくても作業をなめらかに分担し、プラスティックの弁当箱には、質素だが味はわるくないはずの具材がとどこおりなく詰められて、店先のショーケースのなかにつぎつぎと並べられてゆく。
 小さな町なので、訪れるもののほとんどが常連客である。むろん、町の住民がみんな弁当屋の弁当を食べるわけでは、ない。子どもたちは給食を食べる。家庭内でこしらえられる弁当もある。町にはそば屋も定食屋もある。それでも、弁当屋の弁当を買う者もいる。例えば、書道に余生をささげる寡夫、美術館の若い学芸員、ものずきな旅人たち。弁当の飯は冷たく、個人的な愛情や食の愉悦とは概して無縁だけれども、確かに一定数のひとびとの熱源として、需要されている。わたしたちの調理した食事が町のだれかの手にわたり、町のどこかで食され、町の熱量の循環の一部を担っているのだということは、わたしたちにとってとても喜ばしい。なぜなら、弁当の米を生育したのは、裏手の田圃に注ぐ日射であり、だし巻の卵を産んだのは、隣家の庭で米粒をついばんだ雌鶏であるからだ。そういう方法で、この土地の有機的な動脈として、わたしたちは微力ながらも機能している。このような大地との連関は、不完全で非力ではあっても、わたしたちが心から望んでいることなのである。

 

 わたしたちは、朝八時に店を開ける。たいてい、最初に訪れるのは、いつも疲れた顔をした建築士である。建築士は、建築の上級資格を取るために何年も勉強をつづけているけれども、試験はむつかしく、いまの仕事も暇ではないために、なかなか合格することができないのだという。小さな住宅や倉庫の設計を請けおって生活の糧にしているけれども、見たところ、矮小な建築はやむをえず設計しているに過ぎない。なにによらず、小さいよりも大きいほうが良いのだと、彼は折に触れて主張する。この意見については、わたしたちと彼はおおむね合意している。建築にかぎらず、たとえば握り飯も、じぶんの身体も、田圃も、惑星も、基本的には大きいほうがうつくしく、好ましい。
 建築士は弁当を購入すると、カウンターに寄りかかって、その向こうがわに立つわたしたちと、およそ半時間くらい会話をする。例えば、わたしたちと建築士は、弁当に入っているたけのこについて語りあう。町じゅうに地下茎を張りめぐらせる竹林が、地上を覆いつくしてしまわぬよう、町のひとは、春になるとたけのこを掘る。今日の弁当のたけのこは、弁当屋の裏手の宿屋の庭からもらったのだと、わたしたちは彼に報告する。建築士は、たけのこを縦に切ったときの、節目の間隔の比率的なうつくしさについて、論じる。弁当にはいっているたけのこの煮付けを見ながら、「こんなに細かく刻んでしまっては、うつくしさなど、もう分からないけどね」と、建築士は言う。「じゃあ今度は、たけのこ丸ごと弁当にしてあげる」とわたしたちは冗談めかすけれども、とにもかくにも自然を賛美する彼の姿勢に、わたしたちは内心は賛同しかねている。必要最小限の労力だけで仕事を終えてこの町の山野を逍遥し、自然の形象を愛でるのが、彼の最大の楽しみであるらしく、「この世の美しさについて、この土地の自然以上に物語るものは他にない」と彼はよく言うけれども、それはなんだか安逸な考えであるように思えて、ならない。
 朝の来客がたえるまで、しばらくかかる。そのあとわたしたちは、昼に売るための弁当を作り足したり、翌日に売るための煮物を仕込んだりする。けっして忙しい仕事ではなく、単調な時間は茫洋と過ぎゆくので、わたしたちはともに長大な白昼夢を見る。それはもしかするとありえたかもしれない世界線で、この町の大地に生き生きと同化する、巨きくてうつくしい、蓋然的なわたしたちのからだの夢である。

 

 かねてより、わたしたちは巨大な右手をよく目にする。それが現れるのは、暮れどきや夜中であることが多い。
 その右手は、右手にしてはあきらかに大ぶりで、握り拳をつくると、わたしたちの頭部とほとんど同じ大きさになる。骨太で、五つの爪は分厚く平たい、頑健な右手である。しかしながら皮膚の色は、病的に血の気を欠いており、青白い。しかも右手には、いつ見るときも必ず、痛々しい生傷がいくつも刻まれている。見るたびに生傷のえがく模様は変化しているので、以前の傷が治癒しても、次から次へとたえず右手は傷つけられているのだとわかる。白色の皮膚がえぐられ、真っ赤な真皮がただれたように表出し、時には白い骨にまで傷が及んでいるのが見えることすらある。
 右手は、たとえば寝る前にTVでバラエティ番組を見ているときなどに、ふとかたわらに現れることがある。面白くもないのに習慣的にながめてしまうTVからふっと目を離すと、ベッドシーツのうえに、右手が力なく横たわっているのに気がつく。右手が現れると、わたしたちの動悸はどうしようもなく早まり、呼吸は浅くなる。頬が燃え、指先まで熱くなる。熱い指先で、傷ついた右手を、いたわるように、撫でる。皮膚の赤い亀裂に触れないように注意しながら、陶酔した心持で、ただひたすらになぐさめる。右手はいつもひんやりと冷たく、撫でると僅かに身じろぎする。いくら弱ってはいても、それは死にきった肉塊ではなく、そこにはたしかに神経が通っていて、どうやらきちんと感受性と能動性を有しているのである。
 右手の訪れは、恐ろしいことではない。むしろ右手が現れるのを、わたしたちは心待ちにしている。右手に気づいた瞬間、わたしたちは得も言われぬ幸福に満たされる。けれどもいつ見ても、青白い右手ははげしく苦悶している。それを目の前にするのは、悲しくてしかたがない。いくら真心をこめて労っても、わたしたちの目の届かぬところで繰りかえし暴力を受けるのは、悔しく、やるせない。
 右手の負傷がひどくて血液がシーツに滴っている場合は、わたしたちは舌のさきでそれを拭ってやろうとする。しかし、舌が右手に触れる直前に、恐ろしくなって舐めるのを尻込みしてしまう。何が恐ろしいのか、我ながら理解しがたい。しかたがないので、わたしたちは右手をそのまま胸に抱いて眠りに就く。目が覚めると、右手は姿を消し、シーツには赤黒く血痕ばかりが残っている。明くる日の朝焼けは決まっていっそう鮮烈に痛々しく、町の大地は果てしなく曙光に燃え上がり、弁当屋に向かう軽自動車の中で、わたしたちは一切口を利くことができない。
 聞いたところによると、建築士も、ごくたまに巨大な右手を見るらしい。建築士が夜中に試験勉強をしていると、右手は机のうえにごろりと転がっているのだという。しかし、詳しく問い詰めてみると、彼のまえでは、右手ははっきりとした姿をとらないようだ。建築士は、その右手に指紋があるかどうかも、その右手に傷があるかどうかも、知らなかった。「そこに何か大きな手のようなものがあるってことが分かるだけだが、なんだか、気味が悪いね」と建築士は言う。わたしたちはそれを聞いて、ちょっとした優越感をおさえきれずに、ほくそえむ。彼は、右手のことをたいして知らない。たぶんわたしたちだけが、その苦しみやうつくしさを、わかっている。

 

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