On Ubiquitous Site #3

投稿日:

20170911 S.Kawano

 週が明けて、弁当屋に変わった旅人がおとずれた。
 背筋のぴんと伸びた老人で、首からいくつかのカメラをぶら下げ、薄汚れたバックパックを背負っていた。蛇との邂逅にまだ心をみだしていたわたしたちは、彼に、巨人の母親とおぼしき白蛇に出会ったことを、息せき切って喋った。すると彼は、彼の故郷にもかつて巨人が生きていて、彼自身も会ったことがあるだと言う。それを聞いてわたしたちは色めきたった。
 故郷がどこであるかははっきりとは明らかにされなかったが、どこかはるか遠い場所であるようだった。彼がしわがれた声で語るには、かの地では、その巨人を怖がるものもあったが、多くのひとに愛されていたのだという。わたしたちのように、巨人に心酔するものもあった。
 その街の巨人の母親は、白蛇ではなく魚であり、それも、一匹の特定された魚ではなく、魚の群れが巨人の母親であったらしい。
「母親が複数いるんですか?」
「そうです、集合的な親を持つものもあるのです」
 わたしたちはそれをきいて、あの白い蛇の頭が無数に重なってゆらめいていたことを、思いだした。きっとこの老いた旅人はほらを吹いているわけではなく、彼の身に起こったほんとうのことを話しているに違いない。
 旅人が巨人と出会ったのは青春時代で、彼は古い大理石の美術館の一室で、巨人のものとおぼしき大きな声に、ふいに語りかけられたのだという。彼は、絵描きになりたいのだという切望を、巨人に告げた。すると巨人は、絵などつまらないと一蹴した。それで旅人は発奮して腕をみがき、実験的な作品をいくつも仕上げ、革新的な思想を熱心に研究した。
「当時の故郷では、若者たちはみなだれもが、狂信的にあらゆることを研究していました。愛について、無意識について、夢について、その他あらゆることについて。くるったように新たな世界の開拓をのぞむ我々は、その巨人を憎みながらも愛していた。それは、わたしたちの自身の生きた影法師のような存在だったのです」
 ところが世界大戦の前後で、その街はまるっきり様相を変えた。街はあいかわらずにぎわってはいたものの、かりそめの遊戯ばかりが流行するようになった。旅人は兵役につき、戦乱は、旅人の右腕を吹きとばした。旅人は筆を持つ右手を失って、絵を描くのをやめてしまった。そう言われて確かめると、たしかに彼の右腕の袖口はだらりと垂れ下がっていて、どうやらその中身はからっぽであるらしかった。
 彼に言わせれば、街の様子を変えたのも、旅人が絵を描くのをやめたのも、戦争のせいではない。「戦争は残酷で、腕を失う痛みはたしかに甚だしかったのですが、実際のところ、私の運命を変えたのは、戦争それじたいというよりは、それとは直接は関係のない、不可視で逆らいがたい暴力の潮流でした。そういった暴力は目に見えないので、語ることが難しい。でもそのせいで、たしかに私は筆を手放したし、巨人は行方をくらませてしまいました。うまく説明はできないのですが」と、旅人は温和な声で語った。
 巨人が消えたと聞いて、わたしたちは気落ちした。それでは、何年もまえに殺されて死んだというこの土地の巨人と、結局はなにも変わらないではないか。もしかすると地上のあらゆる場所が、巨人の生存にはもはや適さないのではないかと思われて、わたしたちは悲しくなった。
「それで、写真家になったんですか?」旅人の首に提げられたカメラを見ながら、わたしたちは訊いた。
「残念ながら、写真家の名には値しません。だれもかれもが下らない写真を撮ってくれと私に依頼する。けれども依頼通りに撮影したところで、最近のひとたちが携帯電話で撮るしゃれた写真と、たいして変わりませんからね」と、旅人は答えた。
 わたしたちは、自分たちは代々続く弁当屋を継いだだけで、弁当づくりにはとりわけ情熱を傾けていないことを、自分たちの足元をじっと見つめながら打ち明けた。それでも、土地の食材を使って調理し、それが誰かがこの土地で活動する動力源になることは好きなのだと続けた。
「というのも、伝承によれば、殺された巨人の血肉はこの地に四散して、黒い土を形成したのだと言われているから……ほんとうは踊りつづけていたいのです。けれどもこの町でも、やはり、ずいぶん昔に巨人は姿を消してしまいました」
「どうやら似た者同士のようですね。私は年をとってから、ファントム・ペインというものに悩まされることになりました。無いはずの右手がひどく痛むのです。この痛みは対処のしようがなくて、大変につらい。あなたたちはまだ若いけれども、いずれ同じ痛みを抱えることになるのかもしれません。巨人に去られたいま、きっと私たちのほうからあちらへいかねばならぬのでしょうが、私の足腰もすっかり弱ってしまいました」
 旅人はあきらめたようにそう言って、適当に弁当を選んでから、中身のない袖口をゆらゆらと揺らしつつ、店を出て行った。わたしたちはそのからっぽの袖口のなかの痛みに思いをはせながら、彼を見送った。
 思えばその日、建築士は弁当屋に来なかった。けれども思いがけぬ旅人の物語に気をとられたわたしたちは、そのことをほとんど気に留めなかった。

 

 黒い土は、死せる巨人の血肉なのである。
 雨の降る日に、家を抜け出す癖があった。雨が強くなればなるほど、家のなかは窮屈であるように思われた。靴も履かず傘も差さず、わたしたちは重たい引き戸を開けた。ひさしから降りてくる鎖状の雨どいを取りまいて、生き物のように雨水がうねっていた。たいてい母は弁当屋にいて、祖母は奥の間で舞踊の稽古をしていたから、出奔は容易だった。
 わたしたちは手を繋いで駆け、近くの畑に侵入し、雨水をふくんで軟らかくなった泥の上を踊りまわった。ひどい天気だったのであたりにはだれも見当たらなかった。だだっ広い大地がわたしたちの舞台だった。わたしたちは垂れ落ちてしまいそうな天空に見せつけるように、せり上がってうねる土壌に響かせるように、ちいさな身体を激しく震わせた。ステップを踏むたびに裸足は泥の中にめりこんで、その深さは踊るほどに深くなった。大粒の雨はところかまわず身体を打ち、雷鳴すらゆっくりとこちらに接近していた。わたしたちは意に介さなかった。雨は手足のほてりを鎮め、雷鳴は轟々と舞踊を鼓舞した。舞えば舞うほど黒い泥は脚に絡み、蛇のように胴に巻きつき、跳ねとんでは付着した。わたしたちはもう夢中で、荒い息を吐き、全身が心臓になったみたいに脈動していた。大地のほうもわたしたちを歓迎してほのかに熱を帯び、刻一刻と形の異なる形象をつくって遊んだ。わたしたちも泥も跳ねまわり、わたしたちも泥も沈みこんでいた。
 ひときわ大きな跳躍のあと、軽い体はふわりと宙を舞い、泥はハンモックみたいにわたしたちを受け止めた。ずぶずぶとわたしたちは大地に陥入し、大地はわたしたちを被覆して揺れた。呼吸すると肺の隅々にまで漆黒が満ち、目を開けても視界のすべてが黒かった。能動的な催眠はあまりに深く、しかしあまりに明晰で、そうしてわたしたちは激しい覚醒のなかへと没頭するのだった。それが大雨の日の癖だった。深く、どこまでも深く――。

 

 数日後、建築士が乳児を抱いて弁当屋に現れたので、わたしたちは度肝を抜かれた。健やかによく笑う乳児で、頬はぷくりとして桃色だった。乳児はけらけら笑いながらショーケース越しにわたしたちの顔に触ろうとした。わたしたちがぎょっとしてそれを避けると、乳児は面白がってさらに声を高くして笑った。
 結婚したのだと建築士は言った。ああそう、とわたしたちは答えた。受験勉強もやめたと建築士は言った。ああそう、とわたしたちは答えた。実際のところ、新しい資格があってもなくても、仕事に障りはないんだ。ああそう。もっと仕事に傾注してくれと妻が言うんだ。――妻が。そう、妻が。――ああ、そう。今度から、弁当は、家庭内でこしらえることにした。――じゃあなんでここにきたわけ? それは――。
 わたしたちは彼にもっと優しく接するべきだったのだろうか? 思えばわたしたちは、彼の野心にたいして尊敬の念をしめしたことなど一度もなかった。認めたくはないけれど、きっと彼の建設的な未来にたいして嫉妬していたのだ。なぜなら彼の両手にそろった十本の指は、こまやかな図面をひくのに十分の潜在性を秘めているに違いなかったから。けれども受験勉強すらやめてしまったのなら、彼の信奉するうつくしさの実現がかなうことなどないだろう。巨大な右手が彼のもとを訪れることも、もう金輪際ないだろう。
 乳児がけらけらと笑った。わたしたちは乳児をきっと睨んだが、その目つきが面白いのか、乳児はやはり笑うのだった。建築士は悲しそうな顔をしたものの、踵を返して店を出て行った。そのとき彼の両手の指さきにぐるぐる巻かれた白い包帯に気がついて、わたしたちは絶句するしかないのだった。
 弁当屋のカウンターのうえに涙をぼろぼろ零していると、例の旅人が再び現れた。「今日はもう店じまいにしたいんです」と、わたしたちは目元を拭いながら言った。
「どうして、そんな突然に」
「建築家を志す友人が、ついに指をうしなってしまいました」
「それは悲しいことですね」
 登山に誘おうと思ってやってきたのだと旅人が言ったので、登山はできないのだとわたしたちは告白した。どうして、と旅人が尋ねるので、カウンターの後ろがわを覗きこんでみるように、わたしたちは言った。
「義足を使われていたんですか」と旅人は少し驚いたように言い、わたしたちは首肯した。わたしたちの一方は右脚が義足で、わたしたちのもう一方は左脚が義足なのだった。
「しかし、ほんとうに登山はできないのでしょうか」
「どうでしょう、試そうと思ったこともありませんでした」
「山に登るのに、両脚が必要であるとは限りませんよ」
「――それに、降りてくる必要があるとも限らないのですね」
「その通りだと思います」
 わたしたちは旅人と、翌日の夜明け前から山に登る約束をした。それから意を決して、《弁当屋は閉店いたしました。代々にわたるご愛顧有難うございました》と適当なチラシの裏に書きしるした。
 旅人は「幸せなひとは弁当屋には来ませんからね……」と呟いた。心配しなくても、もう建築士がここを必要とすることはないだろう。その他の常連客たちも遅かれ早かれそうなったはずだ、ここにあるのは巨人の死肉でしかないのだから。
 わたしたちは弁当屋のシャッターを大きな音を立てて閉めて、そのチラシをガムテープでぴったりと貼りつけた。

 

  眠りが浅くなってきて寝返りを打つと、巨大な右手がベッドに横たわっている気がしたけれども、すぐさま消えてしまった。ベッドから出てシーツを確かめてみたが、血痕は残っていない。それから、前日に炊飯器をしかけ忘れていたことに気がついたが、すぐに、前日に店を閉めたことを思い出した。
 月も星もない夜で、天はどこまでも渦を巻くように黒かった。わたしたちは逸る思いで軽自動車を加速させ、シャッターの閉まった弁当屋を通り過ぎてから左折し、いつも横目に見ていた山麓に向かって走った。しばらく行くと、バックパックを背負った姿をヘッドライトが照らしだした。わたしたちは車を降りて、旅人と一緒に山道に足を踏み入れる。大粒の雨がぴしゃりと頬を打って、濡れた土が匂いたつ。もうじっとしてなどいられなかった。わたしたちは手に手をとって、転がるように山道を駆けのぼる。いつまでたっても陽が差さず夜は明けない。真っ暗なので全身で山の形体を探りながら動く。息が切れても足がとれても気に留めない。ひたすら山林の奥深くへと邁進し、ひえびえとした空気の中を伸びあがる。
 わたしたちはみな、脈動する大地と暗闇にのみこまれていた。あらゆる巨人の子どもたちの声が わたしたちを歓迎している。どこかで聞いたことのあるような声が、一緒に混じりあって音楽のようにわたしたちを包み込んでいる。もうこの舞踊は二度と終わることはないのだ、そう確信しながら、わたしたちはみんな溶けあって一つになる。巨大な身体が、轟きをあげながらうごめきつづけている。

 

岡山県奈義町〈さんぶ太郎〉伝説と〈遍在する場〉のために
2016年6月

 

On Ubiquitous Site #2
Chameleon Top / KEHAI-YA TOP

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